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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)12551号 判決

原告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

工藤健蔵

被告

倉内ふて

外一二名

右被告ら訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

錦織淳

浅野憲一

高橋耕

笠井治

佐藤博史

黒田純吉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  別紙一覧表記載の被告らは、原告に対し、それぞれ同一覧表記載の「収去物件」欄の各物件を収去し、同一覧表記載の「明渡建物」欄の各建物を明渡せ。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙一覧表記載の「明渡建物」欄の各建物は、いずれも公営住宅法(以下「法」という。)により、原告が昭和二八年度に建設し、現に都営練馬仲町二丁目住宅(以下「本件住宅」という。)として所有・管理する公営住宅である。

2(一)  原告は、次の上段記載の者に対し、下段記載の年月日に、別紙一覧表記載の「明渡建物」欄の各建物(以下右各建物を「本件一の住宅」、「本件二の住宅」というように略称する。)の使用を許可し、そのころ、右各住宅を引渡した。

倉内和七 昭和二九年九月一五日

被告高田由一 同年一一月一五日

被告鈴木甲司 同年一〇月二六日

被告白濱幸男 同年九月一六日

被告清野正男 昭和四七年一二月一六日

被告鈴木正男 昭和二九年九月一五日

被告大野淳二郎 同年九月一一日

被告明間啓次 同年一〇月二三日

被告須山榮三 同年九月一六日

被告鈴木澂子 昭和三三年八月二八日

被告高橋新治 昭和二九年九月九日

被告金谷芳次郎 同年一〇月四日

(二)  原告は、倉内和七がその後死亡したので、昭和五六年一月三一日、被告倉内ふてに対し、和七の有した本件一の住宅に係る使用権の承継を許可した。

(三)  原告は、同年二月一六日、被告倉内ふてに対し、本件一の住宅に被告矢野洋之を同居させることを許可し、同被告は同居して右住宅に居住してこれを占有している。

3  被告ら(ただし被告矢野洋之を除く。)は、前記2(一)各住宅の引渡しを受けた後、右各住宅の敷地内に別紙一覧表記載の「収去物件」欄の各工作物(以下「本件増築物」という。)を増築して設置した。

4  原告は、都営の木造住宅について、土地の効率的利用、住宅戸数の増大、建物不燃化による防災及び住環境の整備等を計る見地から右木造住宅をすべて建替える方針を決定し、昭和五三年一〇月一四日、戸数二四戸の本件住宅とこれに隣接する戸数二三戸の都営第二練馬仲町二丁目住宅(以下「第二練馬住宅」という。)を、右建替え対象の住宅に決定し、右二住宅の四七戸を鉄筋コンクリート造三階建二棟、四階建一棟合計六四戸に建替える計画を策定した。

5  原告は、右建替計画を実施するため、昭和五六年六月から右住宅入居者に対し、説明会を開くなどの話合いを行ない、任意の明渡しを折衝した結果、第二練馬住宅二三戸の入居者全員と本件住宅二四戸のうち一二戸の入居者は任意に明渡すことを承諾したが、本件住宅の残り一二戸の入居者は払下げ等を主張して任意明渡しに応じなかった。

原告は、昭和五七年七月一三日までに、右の任意明渡を受けた本件住宅のうち七戸と第二練馬住宅のうち一五戸との合計二二戸について、法二四条三項の規定による建設大臣の承認を得て用途廃止の手段をとり、右二二戸を除却したので、現存戸数は本件住宅については一七戸、第二練馬住宅については八戸の合計二五戸となった。

6  原告は、昭和五八年七月一三日、本件住宅及び第二練馬住宅について、法二三条の三以下の規定に基づく公営住宅建替事業(以下「本件建替事業」という。)を施行することを決め、法二三条の五の規定による建替事業に関する計画(以下「本件建替計画」という。)を作成し、建設大臣は、同年八月一六日、右建替計画について承認をした。

7  本件建替事業は、次のとおり法二三条の四の定める要件に該当するものである。

(一) 本件住宅及び第二練馬住宅は、市街地の区域にあり、その敷地面積の合計は7294.44平方メートルで、集団的に存在している(同条一号、公営住宅施行令(以下「施行令」という。)六条の四)。

(二) 本件住宅及び第二練馬住宅は、木造の住宅で、昭和二八年度及び同三一年度に建設されたものである(同条二号、施行令七条)。

(三) 本件建替事業により新たに建設すべき公営住宅の戸数は六四戸、右事業により除去すべき戸数は、二五戸である(同条三号、施行令六条の五)。

(四) 本件建替事業により新たに建設すべき公営住宅は、鉄筋コンクリート造三階建二棟、四階建一棟で、中層の耐火性能を有する構造の公営住宅である(同条四号)。

8(一)  法二三条の四、三号の「当該事業により除却すべき戸数」とは、法二三条の三以下の規定に基づく公営住宅建替事業(以下「法定建替事業」という。)により除却すべき公営住宅の一団の敷地上にかつて存在した元々の住宅の戸数(以下「元戸数」という。)をいうものではなく、当該法定建替事業を施行しようとするとき、除却すべき公営住宅の一団の敷地上に、現に存する住宅の戸数(以下「現戸数」という。)をいうものと解すべきである。けだし、公営住宅の戸数は、建設後用途廃止の手続がとられて減少することがあり、そのような場合には、右住宅団地としては、縮少して存続しているものと観念されるからである。

(二)  本件住宅及び第二練馬住宅の戸数は、前記5のように本件建替事業に先立ち、四七戸から二五戸に減少したが、本件建替事業を施行することを決めたのは、昭和五八年七月一三日であるから、本件建替事業における「当該事業により除去すべき戸数」は、元戸数の四七戸でなく、現戸数の二五戸をいうものと解すべきである。

(三)  前記「当該事業により除却すべき戸数」を、元戸数をいうのでなく、現戸数をいうものと解するときは、法二三条の四、三号の「新たに建設すべき戸数」を、元戸数をいうものと解する場合に比し、少ない戸数で足りることになるけれども、これにより道路、公園等の敷地を容易に確保することができ、居住環境を整備に資することができるものである。

(四)  原告は、前記5のように入居者から任意に明渡を受けた各住宅について、建設大臣の承認を得て用途廃止したものであり、右各住宅をも「当該事業により除去すべき戸数」に算入し、建設大臣による本件建替計画の承認を要するとすれば、同一の住宅について建設大臣の用途廃止の承認が重複することになる。したがって、右用途廃止に係る住宅を、「当該事業により除去すべき戸数」に算入すべきものと解すべきではない。

9  東京都知事は、被告ら(被告矢野洋之を除く。)に対し、法二三条の五第六項の規定により、本件建替計画について建設大臣の承認を得た旨通知し、右通知は、昭和五九年五月八日から同月一八日までの間に右各被告に到達した。

10  東京都知事は、昭和五九年七月二三日に被告倉内ふて、同鈴木正男、同大野淳二郎、同明間啓次、同高橋新治及び同金谷芳次郎に対し、同月二四日に右被告六名及び被告矢野洋之を除く、その余の被告に対し、それぞれ法二三条の六の規定により昭和六〇年一月三一日限り前記2(一)により引渡した住宅を明渡すよう請求した。

11  東京都営住宅条例(以下「条例」という。)一八条二項は、都営住宅の使用者は都営住宅を返還する場合において、右住宅の敷地内に工作物の設置があるときは、これを撤去して原形に復しなければならない旨を定めている。

12  よって、原告は、

(一) 被告矢野洋之を除くその余の被告らに対し、法二三条の六第三項及び東京都営住宅条例(以下「条例」という。)一九条の一〇第一項に基づいて本件住宅一から一二までの明渡しと条例一八条二項に基づいて本件物件の撤去を求め、

(二) 被告矢野洋之に対し、本件一の住宅の所有権に基づいて同建物の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、原告が使用許可をしたとの点を除くその余の事実は認める。原告は、原告ら主張の被告らに対して本件一から一二までの住宅を賃貸したものであり、行政行為としての使用許可をしたものではない。

(二)  同2(二)及び(三)の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4及び5の事実は認める。

5  同6の事実は不知。

6  同7(三)の事実のうち、本件建替事業により新たに建設すべき公営住宅の戸数が六四戸であることは認め、右事業により除却すべき戸数が二五戸であることは否認する。「当該事業により除却すべき戸数」は、四七戸である。

すなわち、原告が本件建替事業に先行して行なった入居者の任意の明渡に基づく建替事業により、任意の明渡を受けた二二戸を除却した以上、この戸数の減少を、その後これを引き継いで実施された本件建替事業と切り離して理解することは不自然であり、「当該事業により除去すべき戸数」には、建設大臣の承認に先立ち、原告の求めに応じて任意に明渡を受け、除却した住宅の戸数も含まれるものである。したがって本件建替事業は、法二三条の四の定める戸数要件に適合しない違法なものである。

7  同8の主張は争う。

8  同9及び10の事実は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、同2(一)のうち、原告がその主張の被告らに対し、本件一から一二までの住宅を使用させることを約し、これを引渡した事実及び2(二)、(三)の事実は、当事者間に争いがない。

請求原因3から5までの事実も当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、請求原因6の事実を認めることができる。

三請求原因7について判断する。

1  〈証拠〉及び前記認定の請求原因4から6までの事実並びに弁論の全趣旨によれば、本件建替事業の施行に至る経緯として、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、従来から都営の木造住宅について、土地の効率的利用、戸数の増大、建物の不燃化による防災対策及び住環境の整備等の諸見地から、右木造住宅をすべて建替える方針をとってきていた。

右方針に基づき、東京都住宅局長は、昭和五三年一〇月一四日、本件住宅をその隣接の第二練馬住宅とともに建替え対象の住宅に決定し、右二住宅団地の木造住宅合計四七戸を鉄筋コンクリート造三階建二棟、四階建一棟、合計六四戸に建替える計画を立てた。

(二)  原告は、右計画を実施するについては、右二つの住宅の団地の入居者と交渉し、その全員から承諾を取りつけ、任意明渡しを受けることにより建替えを行なうべく、昭和五六年六月二五日から住宅入居者に対し説明会を開くなど右建替えのための作業を行なった。その結果、第二練馬住宅の入居者全員の二三戸及び本件住宅の入居者のうち一二戸が移転することを承諾したが、本件住宅二四戸中、一二戸の被告らは、住宅の払下げ等を主張して移転を拒否した。そこで、原告は、本件住宅のうち七戸と第二練馬住宅のうち一五戸の入居者から任意明渡を受けたので、右の合計二二戸について、法二四条三項の規定による建設大臣の承認を受けて用途廃止の手続をとり、二二戸を除却した。したがって、本件住宅の現存戸数は一七戸、第二練馬住宅のそれは八戸となった。

(三)  原告は、右のように本件住宅の入居者のうち一二戸については、任意の明渡しが得られる見込がないため、昭和五八年七月一三日、本件住宅及び第二練馬住宅の団地について、本件建替事業、すなわち法二三条の三以下の規定に基づくいわゆる法定建替事業を施行することを決め、法二三条の四、三号にいう「新たに建設すべき公営住宅の戸数」を六四戸、「除却すべき公営住宅の戸数」を二五戸とした本件建替計画を作成し、同年八月一一日、建設大臣に対し右建替計画について承認申請をし、同大臣は同月一六日右建替計画を承認した。

以上のとおり認めることができる。

2  原告は、本件建替事業に係る法二三条の四、三号にいう「除却すべき公営住宅の戸数」は、右事業の施行を決めた時期に本件住宅及び第二練馬住宅の団地に現に存する二五戸であると主張し、被告らは、右除却すべき戸数は右二つの団地に従前から存した四七戸であると反論する。

(一)  法二三条の四、三号にいう「当該事業により除却すべき公営住宅の戸数」とは、いわゆる法定建替事業を施行しようとするとき、いいかえれば右事業を施行することを決めたときに、現に存し、除却すべきことになる公営住宅の戸数をいうものと、文理上は解することができる。

(二)  けれども、本件でみられるように、原告が公営住宅について入居者の任意明渡しによる建替えを計画し、そのための作業を進捗させたが、入居者全員の任意明渡しを受けることができず、任意明渡しを得られた一部の住宅(二二戸)について用途廃止の手続を経て除却したうえで、入居者の任意の承諾を要しないいわゆる法定建替事業を施行する場合にあっては、右事業に先行してなされた前記の任意明渡しによる建替えのための作業は、右事業と無関係のものではなく、前駆的な一環をなすものととらえるべきである。したがって、法二三条の四、三号にいう「当該事業により除却すべき公営住宅の戸数」とは、右のような場合には、法定建替事業を施行しようとしたときではなく、これに先行してなされた前記の建替えのための作業に着手したときに現存し、除却すべきことになる公営住宅の戸数をいうものと解するのが相当である。

なんとなれば、公営住宅は住宅に困窮する者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与しようとするものであり(法一条)、またいわゆる法定建替事業は、公営住宅の建設を促進し、及び公営住宅の居住環境の整備を計ろうとするものであり(法二三条の三)、法は、右事業を施行する要件として、新たに建設すべき公営住宅の戸数は、除却すべき住宅の戸数に、除却すべき住宅の構造等に応じ、1.2以上で政令で定める数値を乗じて得た戸数の合計以上であることを要すると定め、特別の事情がある場合でも、新たに建設すべき住宅の戸数は、除却すべき住宅の戸数を超えることを要すると定めている(法二三条の四、三号)からである。

これと異なり、前記(一)のように解するとすれば、法定建替事業の施行に先立ち、入居者の任意明渡しによる建替えを計画し、建替えのための作業を行なうことにより、新たに建設すべき住宅の戸数が、除却すべき住宅の戸数以下となる法定建替事業も許容される結果を招来し、法二三条の四の定める厳格な要件を容易にせん脱しうることになり、法の定める右事業の趣旨も没却させることとなり実際上からみても、きわめて不当なことになる。

当裁判所は、この点に関する原告の見解は採用しない。

(三)  してみると、本件建替事業に係る法二三条の四、三号にいう「除却すべき公営住宅の戸数」は、右事業の施行を決めた昭和五八年七月一三日の時期に現存する住宅の戸数ではなく、入居者の任意明渡しによる建替えのための作業と認めうる前記説明会を開いた昭和五六年六月二五日の時期に現存した住宅の戸数であるということになるから、二五戸ではなく、四七戸であるというべきである。

原告は、右除却すべき住宅の戸数を二五戸と主張・立証するに止まるから、原告主張の本件建替事業は、法二三条の四、三号本文・ただし書いずれの要件にも該当するものと認めることはできないことに帰する。

四よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅原晴郎 裁判官一宮なほみ 裁判官大野和明)

別紙〈省略〉

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